Interview / I I I I
デザインアーカイブの歴史と事例を知る
アーカイブの持続可能性をめぐる期待と課題を、コミュニティで議論する
:「公開作戦会議 & ギャザリング」レポート
日本各地に分散するデザイン資源を次世代へ継承する取り組み「DDD(JAPAN Design Resource Database)」の持続可能性と活用をめぐり、多様な分野の専門家が議論を行いました。本レポートでは、公開作戦会議およびギャザリングの議論を通して、デザインアーカイブの社会的意義、運営基盤のあり方、さらにはコミュニティ主導による推進の可能性について整理します。官から民へと移行する本プロジェクトの現状と課題を明らかにし、その展望を考察します。
2026年2月16日、国立新美術館講堂にて、「アーカイブから創造する日本のデザイン資源 ― デザインアーカイブの持続可能性と活用を考える ―」をテーマとした公開作戦会議が開催された。経済産業省、株式会社アブストラクトエンジン、株式会社NHKエデュケーショナル、一般社団法人Design-DESIGN MUSEUMが共催した本イベントには、デザイナー、研究者、業界団体の関係者や文化行政に携わる人々が集まった。
「DESIGN デザイン design – JAPAN Design Resource Database(DDD)」は、日本各地に分散するデザイン資源をデジタルネットワーク化し、次世代に引き継ぐためのプロジェクトとして2025年3月に公開された。これまで経済産業省の事業として推進されてきたが、今後は株式会社アブストラクトエンジンが運営を引き継ぐことになる。官の支援から民間の自走へ——この移行をいかに持続可能なかたちで実現するかが、この日の中心テーマだった。

なぜ今、デザインアーカイブなのか
ファシリテーターの齋藤精一(株式会社アブストラクトエンジン 代表取締役/パノラマティクス主宰)は、日本各地に散在するデザイン資源が企業ミュージアムの閉鎖や災害、世代交代などによって失われつつある現状に触れた。DDDの構想は、こうした資源を一箇所に集約するのではなく、全国に分散したまま、デジタルネットワークで繋いでいくというものだ。倉森京子(NHKエデュケーショナル)はこれを「ネットワーク全体を日本のデザインミュージアムと呼ぶこともできる」と表現した。
これまで2回にわたってクローズドで行われてきた有識者会議を、今回は公開で実施する。DDDの持続可能性について広く知恵を募り、有識者や業界関係者を巻き込んでコミュニティとしての推進力をつくっていきたいというのが、このイベントの趣旨だった。

DDDに集まるデザイン資源
イベントの前半では、DDDデータベースに今年度新たに登録した協力施設が、参画の動機と登録資源について報告した。
象印マホービンが運営する「まほうびん記念館」の杉山一美館長は、参画の動機をこう語った。「企業ミュージアムは、企業の都合で閉館されることもある。去年も大手企業のミュージアムが2〜3館閉館した。形あるものはいつかなくなる。だからこそ、永遠に残すための取り組みとして参画した。」

続いて、LIXIL Design & Brand Japan LWTデザインセンター長の冨岡陽一郎氏が登壇した。社内のデザイナーが新製品をデザインする際の出発点として自社アーカイブを活用している実態を紹介したうえで、「自社にとどまらず、新たな価値創造のプラットフォームになってほしい」とDDDへの期待を述べた。

深澤直人の問い:「選ぶ」ことの難しさ
また、日本民藝館館長であり多摩美術大学副学長の深澤直人氏がスペシャルゲストとして登壇した。民藝館は、柳宗悦の選定基準に基づく17000点もの資料を所蔵している。深澤氏はみずから「置き場が少ない」と苦笑いしつつも、それらが名品であるからこそ守られている意味を語った。

深澤氏は、デジタル化によって際限なく保存できる時代だからこそ、すべてを残すのではなく「これだけで十分、というものがあればそれでいい」と語った。源泉となるデザインを見極める「キュレーション」の重要性を説くこの視点は、後半の作戦会議にも引き継がれていく。
公開作戦会議:アーカイブの持続可能性を探る
イベントの核心となる「公開作戦会議」では、ゲストの登壇者らが、DDDを民間事業として持続させるための具体的な方策について知恵を出し合った。
社会性と経済性の両立を掲げるゼブラ企業の共同創業者であり、石見銀山の大森町の維持など地域の持続可能性に取り組んできた阿座上陽平氏(Zebras and Company)は、寄付を中心とした持続モデルを提案した。DDDの活動に賛同する仲間を増やし、その支援によって運営基盤を築いていくという考え方だ。さらに阿座上氏は、デザインアーカイブの可能性はデザイン業界の内側にとどまらないと語った。デザインツーリズムを通じて海外から人を呼び込み、日本のものづくりのファンを増やすことは、ひいては平和にも繋がるのではないか——そうした射程の広さが、この議論の特徴だった。

五輪史上初の「動くスポーツピクトグラム」を手がけた映像デザイナーの井口皓太氏(CEKAI)は、クリエイター自身の当事者的な課題からアーカイブの意義について発言した。「東京2020のモーショングラフィックスをオープンデータにしたいと思っている。でも現実的には、所蔵先の問題がある」。デジタル作品のアーカイブ先が存在しないという問題は、DDDが担いうる役割のひとつを具体的に示していた。

運営母体についても議論が及んだ。経済産業省デザイン政策室の中村純典氏は、一昨年からこの事業を担当してきた立場から、公益的な事業のあり方にもさまざまな選択肢がありうると語った。阿座上氏の寄付モデルの提案を受け、国だけが支えるのではなく、共感する人々が負担を分かち合う仕組みの可能性に手応えを見せた。

五十嵐威暢アーカイブ(金沢工業大学)ディレクターの野見山桜氏は、目録作成のテンプレート提供を通じたエージェント事業の可能性や、オークション仲介など、運営を支えるための具体的なアイデアを示した。さらに、グッドデザイン賞のアーカイブを集約し、デザイン史の「定点観測」として機能させる構想にも触れた。ウェブ上に参照先があることで、デザイン史教育の現場で「教科書」代わりになるという見立てだ

ギャザリング:仲間を増やし、機運を高める

イベントの後半は、客席の参加者らも交えたギャザリングへと移行した。登壇者と来場者の区切りをなくし、それぞれが抱える課題と、DDDへの期待を共有する時間になった。
マイクを向けられた参加者からも、それぞれの立場からの声があがった。JIDA(日本インダストリアルデザイン協会)の田中一雄氏は、キュレーションの基準として生活風俗の視点の重要性を説き、データのマネタイズだけで運営を回すのは現実的には難しいのではないかと述べた。中川政七商店の羽端氏は、前職の経済産業省での経験も交えながら、工芸のサプライチェーンが寸断されつつある現状を語り、技術保全を産業の視点から進めていく必要性を訴えた。文化庁の林氏からは、文化審議会の下で美術館における従来の美術偏重の是正に向けた議論が行われ、デザインを含むジャンルの多角化が提言されているとの報告もあった。
会場には、DDDプロジェクトの関連取材で以前から関わってきた有識者の姿もあった。デザイン研究者の暮沢剛巳氏は、イベント全体を振り返り、ヒントに満ちた有意義な議論だったと評価しつつも、「デザイン資源を実際に動かしていくには、強力な牽引役が必要ではないか」と、次なるフェーズの課題を口にした。NPO法人建築思考プラットフォームの関康子氏は、「京都の400年続く企業で、古い絵柄や菓子の形がそのまま今のリソースとして生き続けている事例がある」と、歴史の蓄積が現在の事業へと直接結びつく可能性について語った。
閉会:議論の先へ
冒頭でファシリテーターを務めた齋藤と倉森が再びマイクを取り、イベントを締めくくった。
倉森は田中一光の言葉を引きながら、「未来の子どもたちのリファレンスになる」とDDDの意義を語った。デザインツーリズム、教育、海外連携など、その可能性はデータベースだけにとどまらないだろう。
齋藤は、20年来議論され続けてきたデザインミュージアム構想に触れつつ、「コミュニティとして議論を続けていくのが大事だと思っている」と語った。DDDはその中心になりうるはずであり、経済産業省から引き継いだこのプロジェクトを、来年度以降もコミュニティとともに育てていく意志を示して、イベントは閉会となった。

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