Interview / I I I I
デザインアーカイブの歴史と事例を知る
残す、つなぐ、開く
──企業アーカイブと大学内アーカイブの現場から
企業や大学に蓄積されるアーカイブは、単なる「保存庫」ではありません。そこには、失われゆく製品や道具、個人の創作の痕跡を未来へ手渡し、新たな学びや創造へと接続していく力がある、と言えるのではないでしょうか。
象印マホービン「まほうびん記念館」館長の杉山一美氏と、金沢工業大学「五十嵐威暢アーカイブ」を担う野見山桜氏が語るのは、「残す」「つなぐ」「開く」という実践の現在地。実物を保存する意味、企業内部での活用、館同士の連携、そしてデジタル化の可能性まで。企業アーカイブと大学内アーカイブ、それぞれの現場から、これからのアーカイブの役割を考えます。

業界の歴史と個人の足跡
──まず、お二人がそれぞれ関わっているアーカイブについて教えてください。
杉山:私が館長を務めさせていただいている「まほうびん記念館」は2008年、象印マホービンの創業90周年を機に本社1階に開館しました。特徴は、自社製品だけでなく他社の魔法瓶も数多く収蔵していることです。お客さまに「どうして象印なのにタイガーが? サーモスが?」と驚かれるんですが(いずれも他社の魔法瓶メーカー)、1社だけでは魔法瓶の歴史は語れない。いろんなメーカーが切磋琢磨しながら魔法瓶を進化させてきたという、その全体像を示すために他社品も含めて展示しています。収蔵品は約2,800点で、うち300点ほどを常設展示、残りの約2,500点は外部の倉庫に保管しています。
館名に「象印」の社名を入れていないのも意識的なことで、業界全体の歴史を紹介する場として、あえて社名を外しました。
──野見山さんは金沢工業大学の五十嵐威暢アーカイブを担当されています。五十嵐威暢は1970年代から国際的に活動したのちに彫刻家へ転身し、多摩美術大学の学長も務めたグラフィックデザイナーですが、1980年代には金沢工業大学のロゴをはじめとするビジュアル・アイデンティティも手がけています。企業のアーカイブとはかなり性格が異なりそうですね。
野見山:色々と違いはあると思うのですが、ひとつあげるとしたら企業アーカイブが産業の時間軸──何十年、ときには百年単位──で展開されるのに対して、私たちが扱っているのは五十嵐威暢という一人のデザイナーの活動に紐づく資料ですね。ある意味で限定的な個人の視点から、その交友関係や時代の空気を読み取ることができるところに特徴があると思っています。
面白いのは、五十嵐さんにとってはもともと金沢工業大学がクライアントだったことです。デザインの仕事を依頼する側と受ける側という関係から、大学がアーカイブを引き受けるところまでつながったんですね。デザイン系の学校ではない工業大学にこのようなアーカイブが生まれたのは、かなり特異なケースだと思います。
2023年の開館以来、教育に生かすことと、デザイン史の観点から五十嵐さんの仕事を研究していくこと、この2軸で活動を組み立てています。金沢工業大学では「感性教育」という言葉を使っていて、STEAM教育(Science, Technology, Engineering, Arts, Mathematics)におけるAのアートを「感性」と捉え直すことで、工学系の学生にも開かれた学びの場をつくろうとしています。


消えゆく会社の製品を、誰が残すのか
──アーカイブにおいて「残す」ことの意義について伺います。
杉山:大阪のガラス魔法瓶メーカーは、かつて50社以上あったんですが、今はもう数社しか残っていません。ガラス製の魔法瓶を今も作っているのは象印だけなんですね。日本で初めて魔法瓶を製造した「八木魔法壜(器)製作所」も1964年に廃業していて、会社自体がもうないんです。でも商品は何かしら残っている。日本で初めて魔法瓶を製造した会社や、廃業した会社の製品こそ、誰かが保存してお見せする役割があるんじゃないかと思い、展示、保管しています。
収集のルートもさまざまで、社内や業界の組合が保管していたもの、一般の方や取引先からの寄贈、そして個人からの購入として、メルカリやヤフオクも活用しています。八木さんの魔法瓶がたまたまオークションに出品されていて「これはうちで保管しなければ」と落札することもあるんです。
野見山:ものが残っていないという問題は、私の仕事でも直面しています。今ちょうど五十嵐さんによるポスターデザインの制作プロセスを調査しているんですが、版下づくり(製版用の最終的なデザイン原稿)に使われていた道具を実物で見たいし、触りたいんですよね。ところが五十嵐さん自身が残しているものは限られているし、かといって新品を買っても意味が違う。当時の身体感覚を追体験するには、実際に使い込まれたもののほうが説得力があります。当時の空気さえも含みこんでいる気がするので。
例えば、かつて建築図面を引くのに用いられていたドラフター(製図用の大型の作業台)は五十嵐さんが制作に使っていた象徴的な道具なのですが、金沢工業大学の建築学部にあったはずのものはもう全部処分されているようでした。デザイナーの机には必ずあったペーパーセメント(紙専用の接着剤)のディスペンサー(紙に塗布する器具)もどんどん見かけることが少なくなっていて。いざ必要になったとき、「ちょっと前まであったのに」とデザイン関係者に言われるのが一番つらいですね。
──やはり実物に触れることでしか得られないものがあるのでしょうか。
野見山:それのもう間違いなくあると思います。デザインって美観の問題だけではなくて、それが成立した文化や想定されている使用者(群)の身体的な特徴といった情報をも含み込んでいます。実際のスケール感や質感は画面やデータ越しにはわかりません。ものを測るときの感覚、大きいか小さいかの判断──そういう経験値がないまま何かを作ろうとしても、判断する軸がどうしても乏しくなってしまいます。
杉山:リアルの展示でもそれは実感しますね。昔の花柄魔法瓶を展示していると、お客さまが「この柄、うちにもあった!」と声を上げられるんですよ。写真で見るのとは全然違う反応になり、当時の生活や家族の思い出が溢れてくるんだと思います。お客さま同士で盛り上がっている光景を見ていると、やっぱり実物を残すことの意味ってあるんだなと感じます。

自社の基準としてのアーカイブ
──野見山さんからは、企業アーカイブの社内での位置づけについても問いかけがあったそうですね。
野見山:はい。企業アーカイブが「古いものの保管場所」のように認知されてしまっているケースがあると聞くのですが、それはもったいないことだなと感じます。自社がどんな歴史を歩んできたかを知らないまま独自性を打ち出すのは、やっぱり難しいと思うんですよね。過去の商品を振り返ったとき、「こういう事例があるなら、この挑戦はうちらしい仕事になるかもしれない」と判断する基準になります。他社が何をやっているかではなく、自分たちのなかに軸を持てるという意味で、企業アーカイブの役割はとても大きいと思います。
杉山:弊社では記念館の開館以降に入社した社員は必ず見学するようになっています。製品の何が成功して何が失敗したのか、その理由も含めて知ることは、次の商品開発にも確実に生きてくるはずです。ただ、開館まえに入社した世代まではカバーしきれていなくて、企画展のたびに全社に案内を出すのですが、実際に足を運ぶ社員はまだ限られているのが課題ですね。今できることとしては、春休みや夏休みに社員の家族を招いて、子どもたちには魔法瓶の仕組みを体験してもらい、社員にも改めて自社の歴史に触れてもらう機会をつくったり、人事研修のプログラムに記念館の見学を盛り込んでもらうよう働きかけたりしています。
他の企業ミュージアムに見学に行くと、一般公開は一切せず社員専用の立派な施設を構えている会社がいくつかあるんです。「なぜ公開しないんですか」と聞いたら、「社員が自社の歴史を学ぶためにつくった」と。外に向けてではなく、内側のためだけにあれだけのものを、と驚いてしまいました。
野見山:社内のニーズに応じて、ワークショップや鑑賞プログラムをやってみるのも手だと思うんです。ちょっとしたきっかけがあれば、活用が増えると思います。月1回から導入するだけでも社内での認知が上がり、存在価値ががさらに高まるかもしれませんね。

ネットワーク型アーカイブによる時代の輪郭
──館と館、アーカイブとアーカイブがつながることの意味についてお聞かせください。
杉山:他館との収蔵品の貸し借りを通じたネットワークの力は、ここ数年ですごく実感しています。中之島美術館の「みんなのまち 大阪の肖像」という展覧会で、1970年代の昭和レトロの住宅を再現するっていう企画があったんですね。積水ハウスさんが住宅を復元して、うちからは花柄魔法瓶や電子ジャーを貸し出して、パナソニックさんからは家電が入って。そうやって各社がものを持ち寄ることで、初めて当時の生活風景がトータルで見えてきました。これは1社ではとてもできなかったことですね。
うちの倉庫には花柄魔法瓶だけで100本以上眠っているんですが、常設展示でお見せしているのはほんの数本です。しかも花柄って魔法瓶だけの話じゃなくて、家電にも食器にもありました。高度経済成長期の製品を横断的に並べたら、あの時代のデザインの全体像が浮かび上がってくると思うんですよね。
現在は「アイスクリームとまほうびん」という企画展を開催していて、冷蔵庫のなかった時代にアイスクリームの保存・運搬を魔法瓶が担っていたことを紹介しています。お見舞いのときにアイスクリームを魔法瓶に入れて持っていく、なんていう使い方もあったそうです。花柄にしてもアイスクリームにしても、魔法瓶というひとつの道具を軸にすると、食文化や生活様式の歴史まで見えてきます。このような切り口から、他の業界のアーカイブともつながっていける可能性があると感じています。
野見山:ネットワーク型アーカイブって、要するに「それぞれの倉庫にあるものを共有資源」とする感覚ですよね。私が魔法瓶のことを調べたいと思ったとき、杉山さんがいると知っているからここへ来られる。でもその情報が広く知られていないと、どこへ行けばいいかすらわからない。
さっきの中之島美術館の例もそうですけど、魔法瓶という切り口ひとつで、食文化にも生活史にもつながっていける。そういうキュレーションの種って、どこに何があるかを知って初めて芽が出るものだと思うんです。「DESIGN デザイン design」が目指しているような、分散するアーカイブをネットワークでつないでいく仕組みは、まさにこの「知る」ためのインフラになり得ると思います。

デジタル化と体験格差
──デジタル化やオープンデータ化について、それぞれどのようにお考えですか。
杉山:「体験格差」という言葉が最近気になっています。美術館や博物館に行きたくても行けない子どもたちが確実にいて、家庭の経済状況や保護者の関心が文化体験へのアクセスに直結してしまっている。デジタル化・オープンデータ化がその格差を少しでも埋める手段になるなら、積極的に進めるべきだと思っています。
それに企業ミュージアムって、会社の都合で突然閉鎖されることがあるんですよね。去年も大手の企業ミュージアムが2、3館閉館していて、そのようなところで保管されてきたものはどうなるんだろうと心配になりました。実物は地震や火事で失われるリスクもありますし、データとして後世に残せるようにしておくことの価値は、やはり大きいと思います。
野見山:オープンデータはとても大事なことだと思います。ただ、活用例がまだ十分に示せていないのも事実ではないでしょうか。国会図書館の「ジャパンサーチ」のような仕組みがあっても、それを知らない人にはなかなか届かない。どういうかたちで使ってもらうかという設計も含めて、これからの課題だと感じています。
私自身は、デジタルはあくまでオルタナティブだと思っています。表面の質感やサイズ感、そこから思い出が溢れ出してくる体験──それは現物でしか得られない。だからこそ「やっぱり実物に触れてほしいな」という気持ちは常にあります。五感を持つ人間として、現物の豊かさは大切にしたいんです。そのためにも、ネットワークをつないで「借りられる場所がわかる」状態にすること、そして文化的な資源としての価値を広く理解してもらう機会を作っていくことが今とても重要なのかもしれないですね。
──最後に、これからのアーカイブ活動に向けた思いを聞かせてください。
野見山:活用の事例を示し続けることが大事だと思っています。異分野・異業種との連携をどんどん試みて、「こういう使い方があるんだ」という驚きを重ねていきたいですね。美術やデザインの分野では領域横断がどんどん進んでいますし、新しい事例をひとつつくれば、それが次の協力者を呼ぶきっかけになるはずです。
杉山:つながることで生まれる表現の可能性は、本当に大きいと感じています。1社だけでは到底できないことも、ネットワークがあれば実現できますから。うちの倉庫に眠っているものも、きっとどこかの誰かにとって欠かせないピースになる日がくると思うんです。その日のために、丁寧に残し続けていきたいですね。
※2026年2月時点のインタビューです。
プロフィール
杉山一美(すぎやま・かずみ)
象印マホービン株式会社 経営企画部 広報・サステナ推進グループ シニアアドバイザー / まほうびん記念館館長・学芸員。1986年象印マホービン入社。商品企画関係の部署で魔法瓶・調理家電等の商品企画に携わったのち、2019年より広報部に配属。2022年学芸員資格取得。まほうびん記念館の3代目館長として、記念館の運営全般に従事している。
野見山桜(のみやま・さくら)
デザイン史家・デザイン研究家。デザインに関する展覧会の企画や書籍・雑誌への原稿執筆、翻訳を行う。専門は近代デザイン。五十嵐威暢アーカイブ(金沢工業大学)ディレクター。最近の仕事に『Igarashi Takenobu A to Z』(Thames & Hudson、2020)、展覧会『DESIGN MUSEUM JAPAN:日本のデザインを集める、つなぐ』(国立新美術館、2025)などがある。